【雑記】 分からないことを「悔しい」と感じることは大切だと思った話(台形の内角の話)
台形の内角の簡単な問題が分からなかった息子
二ヶ月ほど前の話です。
自宅で息子の近くを通りかかった際に呼び止められました。
学校の算数の授業の際に下図(図形は台形)の「アを求めなさい」という問題が出て分からなかったとのことで、何故だか事情は分かりませんが息子より少し先に担任の先生から教えてもらっている生徒も居たそうで、その内の一人に「二つの角度を足したら180°になるので、答えは180-60=120°」だと教えてもらったそうです。
で、「教えてもらってないから仕方ない」と何度か言ってまして、結構悔しく感じたのかも知れないな、と思いました。と言うのも自宅で先取り学習をやっている関係で、算数に限っては学校の授業で「分からない」ことは滅多に無いだろうと思われる為です。
私は「そんなこと教えてもらってなくても、上の線(上底)と下の線(下底)は平行なんだから、二つの角度を足したら180°になるってすぐに分かるやん!」と息子に話しました。自宅の勉強では平行線に関するものをはじめ様々な角度の問題もやっているので、そのように言ったのです。
すると息子は「うわっ、ホンマやなぁ…」と悔しそうに言いました。
本気で悔しかったであろう息子
その後私は自室に戻り仕事を再開したのですが(仕事はフリーランスです)、30分ほどして息子が自室にやってきまして、何を言い出すのかと思ったらなんと、
「さっき教えてもらったやつ、もう一回きちんと教えて」
と言われまして驚いたのでした。いわゆる「勉強」に関して何か説明をして勉強自体が終わり、その後の楽しい「遊び」の時間に至ってから改めて前に聞いた内容を再び説明してくれなんて息子が言ったのは、たぶん初めてなんじゃないかと驚いた訳です。
で、改めて問題の台形に下図の赤線のような補助線を入れてやり、上の線と下の線が平行ならば赤で記す部分が「60°」となるのでアの角度は180-60=120°であることや、
何故に赤で記す部分が「60°」になるのかと言えば、例えば下図のように台形の左下の部分をちぎってその切れ端を逆さまにして左上に置くと赤のようになるので「60°」になるということを改めて説明しました。
すると「完璧に分かった!」と深く納得をしたような顔をしていました。
知識よりも大切かも知れない心の成長を感じた
自宅の自主勉強では図形の問題に関してももっと難しいものでもスラスラ正答しているので、学校において今回の程度の問題が出来なかったこと自体は最初に聞いて少し残念に感じたのは事実なのですが、
上で説明したような「本質」が深く理解出来ていればそもそも今回程度の問題で「分からない」なんてことには成り得ない訳ですから、「本質が理解出来ていない部分に気付けた」という意味では収穫でありますし、
何より息子自身が算数に関して人より分からなかったことを「悔しい」と感じ、時間を割いてでも説明を聞くことによって自ら深く理解したいと行動してくれたことに非常に嬉しく感じたのでした。